冷血(トルーマン・カポーティ著)

読み終わった後、決して明るい気持ちとはならなかったものの、重厚なステーキをたらふく食べた後のような満腹及び満足した気分となった本書。著者の執念さえ感じられる一作。

 

客観性を捨てて取材対象とあえて積極的にかかわる「ニュージャーナリズム」の源流と言われ、約3年の膨大な資料・データの収集、更に約3年間の整理を経て完成した作品であり、有名な「ティファニーで朝食を」と並ぶカポーティの代表作品。

 

■あらすじ

1959年にアメリカのカンザス州で実際に起きた富裕農家一家惨殺事件について、被害者、加害者(ペリーとディック)、刑事、周囲の人々等、様々な視点から真相が明かされていく構成となっているノンフィクション・ノベル。

 

■物語の構成・特徴

・刑事の章⇒犯人の章⇒周辺人物の章、といったようにパラレルに物語が進行。重要なピースや事件当時の内面描写が後半に出てくるので、徐々に真相が見えてくる感じに最後まで引っ張られます。

・丹念に人物描写を掘って積み上げられており、やるせない人間くささに溢れているように感じました。人物描写が細かく、かつ物語の主要人物以外の人物描写も、必要以上かと思われてしまうほど丁寧に書かれています。

 

■所感

★感想①

思いつきレベルの計画で金品も取らず、ただ残忍に、無関係な善良な一家を殺害した本事件。それに対しての「なんで?」に対して、積み上げられた証言からどのような自分なりの回答を出すかは十人十色と思っています。

 

読み終わった後も大分もやもやするのですが、自分としては犯行の動機の一因は、ペリーとディックの抱える「怒り」の暴発なのかなと考えています。

 

(ディックのコメントより引用 文庫P364)

どれもおれにふさわしいものなのに、おれの手に入ることはありそうもない、とディックは思った。おれは無一物だというのに、なんであんなくそったれが何でも持ってるんだ?なんで、あんな“はったり野郎”が運を独り占めしているんだ?おれだってナイフをもたせりゃ、鬼に金棒だ。でないと、“切り裂かれて、運をちょっとばかり床にこぼす”かもしれないからな。

 

(ペリーのコメントより引用 文庫P526)

「おれは自分から進んで一か八か賭けてみたんだ。それは、クラッター一家が何をしたからってわけじゃなかった。あの人たちはおれを傷つけたりはしなかった。ほかのやつらみたいには。おれの人生で、ほかのやつらがずっとしてきたみたいには。おそらく、クラッター一家はその尻拭いをする運命にあったってことなんだろうな。」

 

小説を一読すると、それなりに恵まれた環境であるものの常に羨望が巣食っているディックの怒りに対して、辛い境遇を過ごしたペリーの怒りは過去からの積み重ねの結果によるものであり、本人に至ってもよく分からないものとなっています。

このあたりが、小説の主要人物であるディックの「頭が回り行動力があるものの、そこはかとない浅さ」、ペリーの「子供らしいところがあるものの、底知れない怖さ」といったキャラクターの印象に直結しているのではないかと、思われます。

読み終わって、ふと、自分が好きな漫画「ハンターハンター」のゴンのセリフを思い出しました。

「その人を知りたければ、その人が何に対して怒りを感じるかを知れ」

 

★感想②

悲劇というものは、往々にして偶然の積み重ねと認識されがちですが、上記ペリーの供述にもあるように、「つもりに積もったなにがしかの、最後の一押し」の結果であるという側面もあるのかなと感じました。

なお、このコメントについては、(最終章でほぼ唯一、ペリーに)手を差し伸べてくれたドナルド・カリヴァンの親愛及び著者の本書作成への執念によって引き出した、本書を通したペリーの一番の本音の部分でもあるのかなと思いました。

 

★感想③

・前半のクラッター家(被害者)のほのぼのとした描写が、やや冗長に感じられるほど細部に渡って書かれています。読んでいた時は「やや長いな」とまで正直思ったものの、前半がここまで細かい描写だからこそ、物語中盤で、前半までは存在していた「ほのぼのさ」が一瞬にして奪われる理不尽さ・衝撃が読み手に強く訴えられているのかと思いました。

 

■キーワード

理不尽、心の闇、違和感、家庭環境、家族、逃避行、人間性、救い、戦後のアメリカ、ノンフィクション・ノベル、ホワイダニット、インタビュー

 

■おすすめ度(最高点は★5)

★★★★★

やや読後感は暗いけれど、著者の執念さえ感じられる重厚な人間描写の積み重ねを味わえる一冊。おすすめです。