故郷/阿Q正伝(魯迅著 光文社文庫)

中国近代文学の祖である魯迅の短編集。

13の短編から成る本著ですが、タイトルにもなっている「阿Q正伝」の読後感が秀逸であったため、そちらを紹介したいと思います。

(タイトルの「故郷」の方は、国語の教科書に掲載されており有名なため、読まれた方も多いのではないでしょうか)

 

■あらすじ

辛亥革命により清から中華民国に移り変わる過渡期の中国が舞台。

学もなく、金もなく、容姿もよくない、阿Qという村内で笑いものにされている男が主人公。

阿Qは、自惚れが強く人一倍プライドが高く、自分より下と思ったものには厳しい、いわゆる「一癖」ある人物。

前半は、そんな阿Qが、「精神的勝利法」という、実際には負けているに関わらず、勝ったと思い込むことで心の平穏を保つ、独特の思考法を基に、村内の人々と事件を起こしながら営まれていく生活が書かれている。

後半、革命党が近くに来たことをきっかけに、阿Qは軽率に、よく意味の分からない「革命」にファッション感覚で便乗して関連性を誇示する。結果、本人にも状況がよく分からないまま悲劇に向かっていってしまう。。

 

■特徴

阿Qという癖のある少し変な主人公の、予想がつかない一種独特な動き・思考法に引き込まれます。その器の小ささは徹底しており、滑稽に書かれています。

(実際には周りにいたら嫌ですが、、)

本文中の下記の趣旨の描写が、阿Qの器の小ささをよく表しているのではないでしょうか。

ハゲておりそれを気にしていることから「ロウソク」「明かるい」といった語まで禁句としており、口に出す者がいれば怒り出し、口下手であれば怒鳴り、弱そうであれば手を出すものの、いつもたいてい阿Qがやられてしまう。そこで彼は次第に方向転換して、いつも睨みつけることに改める。(要約)

 

後半は、革命に関与していることを匂わせて村人達から一目置かれようと、弁髪を頭のてっぺんでグルグル巻きにした(当時の革命家の?)ヘアスタイルにしたり、よく分かっていない「革命」の周辺でを騒ぎ立てており、悲劇に向かっていく様子までも含めて滑稽な描写となっています。

が、最後の最後に阿Qが気が付くシーンで、本書の伝えたい本質が書かれていたような気がします。

 

■感想

著者の魯迅は、本著を通して「無知」「流されること」の怖さを強く戒めているのではないかと思いました。

「無知」「流されること」は、傍から見れば滑稽でともすればユーモラスにさえ見えるものの、実はとても恐ろしいもので、手遅れになって気が付く性質のものである、と伝えたかったのではないかと思います。

 

阿Qに教養ないしは知恵があれば、革命に不用意に便乗して騒ぎ立てることの危険性は分かったのではないかと思います。

また、流されることなく一歩立ち止まって「この動きに便乗して大丈夫か?」と立ち止まって考えることができていれば、このようなラストにはならなかったでしょう。

 

個人的には、ラストで悲劇に向かう阿Qの姿を見て喝采する村人が、私にとっては一番怖く感じました。(阿Qにとっても恐怖の対象として書かれています)

阿Qの一挙一動を見て、時には阿Qを持ち上げ、時には徹底的にこきおろす「村全体の空気」が、「人の悲劇を喝采する」最後の残酷なシーンにつながっており、全体主義とそれに伴う「流されてしまう個人」の怖さが十二分に伝わってきました。

 

上記テーマから察するに、中華民国成立直後の混沌及び文学革命による古来思想の批判・克服といった時代背景があっての本作なのかと改めて思います。

 

■おすすめ度

★★★★★

(上記の阿Q正伝だけでなく、国語の教科書に掲載されて有名な「故郷」も年を重ねてから読むと読後感が全然違うため、ぜひ再読をお勧めします)